ハセツネへの道 その4−4 本番当日(月夜見山第2駐車場<第2関門> → 御岳山・長尾平<第3関門>)

第2関門の月夜見山第2駐車場出発直後は、ひたすら下り。すこし止まってたのだが、気づいたら震えるほど寒くなっていた。着ていた雨具(=防寒具)のジッパーを首まであげ、ひたすら走って体温を上げる。

後から知ったのだが、この区間の御前山手前辺りで滑落して亡くなったかたが1名いた。自分が走った後、1時間半くらい後なのだが、自分が走っているときも、さすがにこの辺りになってくると、人もかなりばらけてきていて、時には前後真っ暗で自分のライトしか見えないような状況もあった。大変残念な事が起きてしまったと思うと共に、これはまさに自分の身に起こっても不思議ではないとも思う。そういった危険と紙一重であることをきちんと認識しつつ走らなければならないとも思う。
走っているときも、一瞬冷静になると自分が今いる状況が凄く怖く感じた。まっ黒闇の中、一人トレイルを走る自分、道幅は狭く、両サイドは急斜面。この時点で自分の精神状態はかなり極限に達していて、その危険さというか際どさというものは、確実に意識できていたという自信は正直無かったと思う。
この先、御前山、大岳山とまだまだ山場を残しているとはいえ、終盤に差し掛かっている状況と、自分自身の疲労度が結構きていた、ということもあって、とにかく前に向かって進んでいた、という記憶しかない。御前山には22:25に到着し、そのままくだりへ。ここで今回レースでの2回目のきつい状況がやってくる。三頭山手前での、「走り続ける意味が見つからない」状況に陥りかける。こうなってくると全てがつらい。ちょっとした違和感が気になるし、補給もなかなか効いてこない。ただ今回はりだったのが功を奏して、とにかく惰性で下る。途中抜かされたりしながらも、もう前へ進むしかないんだという感覚で、さらには途中からこの感覚さえも無くなりつつ、でも無意識で下り続ける。もう自分が何をしてるのかさえよく分からない。


鋸山大ダワに23:15頃到着。この時点で走っていても多少寒さを感じるほど。それだけこの夜は冷えていた。でもこのまま前に進める気が全くしない。三頭山山頂で休んだあと復活した奇跡を思い出しながら、誰もいないアスファルトの上で横になってみる。凄く寒い。でも動けない自分を動かすためには無理にでも目をつぶるしかない、と確信して目をつぶる。たまに星空を見る。10分程度たったころ、あまりの寒さを感じつつ、前へ行こうという気力が不思議とどこかから湧き上がる。起き上がって周りを見ると、気づかないうちに何人かが同じ状況に。寝ていたり、呆然とどこかを見ていたり。もうこうなってくると、誰かとの戦いではない。とにかく自分の中の何かと会話をしつつ、その何かと何かが互いに合意に達した上で、前へ進む。つまり、肉体を動かすしかないという結論。ここが今回2番目にきつかった場所。


一般的に、大岳山は三頭山に次ぐ大きな山場といわれていたが、自分としてはこれ以降はほとんどきつさを感じなかった。というか、大ダワにくるまでで全てのきつい関門は過ぎ去っていた。試走していたという経験もあるし、またこの区間はひたすら速い人についていっていたというのもある。きっと一人だったらまた違っていたかもしれない。しかしこの大岳山とそこから御岳山にかけての区間は、ほとんど3−4人の集団で進んでいた。
大岳山に0:15、御岳山に1:05と、トータル約2時間、ひたすらほぼ同じ面子で動き続ける。でも、そこにはほとんど会話は無い。なんとも不思議な集団。それぞれが自分のことで精一杯の精神状態の中、ひたすら前へ進む。前が岩場で止まれば後ろも止まる。前がペースを上げれば自分もついていく。別にそれは作戦でもなんでもない。そうする以外に動けない、と言うのが正直な自分の状況だった。

そんな状況だからこそ、大岳山を登りきったときにみた満天の星空をみて、つい出た「すげー!」っていうそれぞれの言葉、さらにはそこから下り始め時に見え始めた、武蔵五日市、さらにはその先の東京都内の凄まじく美しい夜景に対する「ヤバイ!」というコトバ。それぞれがつい自然に発してしまったこのコトバの「響き」が本当に印象的であり、真実だった。後ろを走る人が「すごい景色ですね」と声をかけてくる。「きれいですね」と自分も返す。それ以上会話は続かないけれども、なんというかそうした一往復のやり取りで、なぜか安心する。自分と同じ状況の人がいるという安心感かもしれない。そうした景色をいてもそこで立ち止まるわけではなく、すぐに次の目の前の障害物を越えていく作業に移っていく。一瞬のその光景を記憶に焼き付けつつ、その瞬間にいつまでもしがみつくわけではなく、すぐに先へ進んでいく。そんな作業が意外と気持ちよかったりする。

速い人が先頭を引っ張ってくれたお陰で、非常にいいペースで走っていけた。筋肉痛とか関節痛とか、そういうのはきっとあったんだけども、それが障害になって進めなくなるというほどでもなく、そんな状況が、何よりも「完走できるんじゃないか」という自信にもなっていた。

既にこの時点で第2関門で補給した水はなくなっていたが、前回の試走時に見つけていた給水ポイントは覚えていたので、とにかくそこまで走り続ける。給水ポイントでは満タンに給水し、あとはゴールまでノンストップで走り続けるだけ、という気持ちに。この時点でかなり前向きに切り替わる。


第3関門の御岳山(58キロ地点)には1:06:16(393位)着。多少順位は上げていたが、これ以上にさらにあげていく自信はなぜかあった。体も動くし、ここから先はほとんど下りなので走れるだろうとも感じていた。止まることなく、最終ゴールへ向けて走る続ける。


(続く)